より良く

私の仕事は困っている人をより良い方向へ進めること。

多くの仕事は幸せな人をさらに良い方向へ進めること。

何をもって「より良い」と定めるかに答えはない。それは後者に顕著だ。必ず失敗はある。だからこそ、素早く失敗し、素早く修正、改革することが求められる。

「まちづくり」はなぜか前者の文脈で語られることが多い。自治体依存度が高いからなのかもしれない。

であれば、私が新しい事業でやるべきは後者なのかもしれない。困りごと探しと改善はこれまでの事業で少しずつ見えてきた。これは当然続ける。

幸せな人とともに幸せな人生を生きられる町にしていくこと。そういう視点を持とうと思う。

昨日の学びは大きかった。他の人には当たり前に思えるかもしれないけど、私には大きな言葉でした。ありがとうございました。

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自分のために頑張れないのなら

他人のために頑張ることはそれほど難しいことじゃない。真に自分のために頑張ることは本当に大きな覚悟を必要とする。誰よりも近くにいる「自分」という存在は生涯離れられないのだ。自分への投資や自己表現は唯一自分だけに責任が課せられることがほとんどだ。

そうじゃない。

あなたを信じている人は必ずいる。
自分のために頑張れる人にならその人は大きな支えになってくれる。

自分のために頑張れないのなら、まだその時じゃない。聴き耳をたてて信じられる人達と対話をしよう。

いつか自分を信じられる時が来る。

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海外を旅するということ

私は幸い様々な国に旅をすることができた。ただ元来、観光や文化に興味を持てないので、その国の空気感のようなものや異国人を観察する程度でぼんやりと楽しんだ。

そうして得た学びは、特別だと思っていたなんだか凄そうな異国人は「普通の人」だったということだった。地方に住んでいると都会に住んでいたり、外国に住んでいるだけで何だか凄い人のように感じてしまい過大評価してしまうのかもしれない。私だけかもしれないが、そういう傾向はあるのではないだろうか。

外国を周ることで初めて自分のモノサシができる。その分野で優れている人はどこにでも沢山いるし、隣で笑っているその人も素晴らしい能力を持っていたりするものだ。

重要なのはどこに属しているかではない。
自分のモノサシを育てよう。信じよう。

そのためには相手の心の奥に流れる「声」を耳を澄まして聴くことだ。相手の心持ちに立ち続けることだ。

そう信じている。

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誰が困っているのか

地元に戻り分からなくなったことのひとつ。誰が困っているのかということ。

現在進行形で真に困っているという人にはなかなか出会えない。もちろん医師として出会うことはあるし、独居高齢者の雪問題など自治体として抱える問題は多い。町が自分事になっていない人が多いせいなのか、本当に豊かなのかはわからないが、少なくとも都会に住むコンサルタントに上から目線で助けて欲しいというような方に会うことはほとんど無い。困っているのは自治体そのものに見える。

未来に起こるのは自治体倒産であり、それを自分事と思わない市民がいる。

そういう違和感である。そんな中で自治体と市民が協力できている部分、そうでない部分が存在している。市外から見た横手市はどう見えているだろう。良い方向に進んでいるのではないだろうか。

私は問題を解決して欲しいと市外の人に求めるつもりはない。この街で楽しく「自分事を創って欲しい」と思うのだ。小さな起業でいい。副業でいい。自分が主役の物語さえあればここで生きる意味ができる。そこに町ができる。そのためのお手伝いをしていきたい。

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バブルレス世代

私はまちづくりに関わるようになり、少し世代の違和感を感じることがあった。町の先輩方の話を聞くと何年かおきにいつも存在しているようだ。私の生まれた昭和50年世代はちょうど親兄弟がバブルを経験しているところを見るか見ないかのラインが引かれている気がしている。このラインは地域性や様々な影響もあるので、はっきりとどこにあるとは言えないけれど、存在している。

私はまちづくりには両者が必要だと強く感じている。ただし、両者が溶け合うことはあまり望ましいとは思わない。時に手を取り助け合える自立した存在であるべきだと考えている。溶け合い声の大きいリーダーに依存していくことは折角の世代多様性を失う行為だからだ。

先輩方が築いたものはとても大きい。私達バブルレス世代も私達らしく躍動しなければ町の未来はない。

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彩るヒト

まちの彩りはどんな人達でなされているのだろう。以前は多くの人が力を合わせることが必要だと思っていた。今ではできるだけ多様なリーダーが存在し、その大人達がこども達に接点を持つことが大事だと思うようになった。

SNSの広がりによって、自分が共感できる人達に地方でも出会えるようになったことがこれを可能にした。無理に誰かに合わせる必要が無くなったのだ。このことで生まれる副作用も多いが、それが今後解決すべき社会問題となり、気の合う仲間と新しいビジネスを起こす人達が出現する土壌となることだろう。

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