誰が困っているのか

地元に戻り分からなくなったことのひとつ。誰が困っているのかということ。

現在進行形で真に困っているという人にはなかなか出会えない。もちろん医師として出会うことはあるし、独居高齢者の雪問題など自治体として抱える問題は多い。町が自分事になっていない人が多いせいなのか、本当に豊かなのかはわからないが、少なくとも都会に住むコンサルタントに上から目線で助けて欲しいというような方に会うことはほとんど無い。困っているのは自治体そのものに見える。

未来に起こるのは自治体倒産であり、それを自分事と思わない市民がいる。

そういう違和感である。そんな中で自治体と市民が協力できている部分、そうでない部分が存在している。市外から見た横手市はどう見えているだろう。良い方向に進んでいるのではないだろうか。

私は問題を解決して欲しいと市外の人に求めるつもりはない。この街で楽しく「自分事を創って欲しい」と思うのだ。小さな起業でいい。副業でいい。自分が主役の物語さえあればここで生きる意味ができる。そこに町ができる。そのためのお手伝いをしていきたい。

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バブルレス世代

私はまちづくりに関わるようになり、少し世代の違和感を感じることがあった。町の先輩方の話を聞くと何年かおきにいつも存在しているようだ。私の生まれた昭和50年世代はちょうど親兄弟がバブルを経験しているところを見るか見ないかのラインが引かれている気がしている。このラインは地域性や様々な影響もあるので、はっきりとどこにあるとは言えないけれど、存在している。

私はまちづくりには両者が必要だと強く感じている。ただし、両者が溶け合うことはあまり望ましいとは思わない。時に手を取り助け合える自立した存在であるべきだと考えている。溶け合い声の大きいリーダーに依存していくことは折角の世代多様性を失う行為だからだ。

先輩方が築いたものはとても大きい。私達バブルレス世代も私達らしく躍動しなければ町の未来はない。

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