子どもの言葉使いも、態度も僕ら親を見て身につけていく。
子は親の鏡。
親が変わることは難しい。ならばやれることは決まってくる。
私は20歳頃からカメラを構えはじめましたが、当時はNikon派で200万画素時代の名機COOLPIX950が私に写真の楽しさを教えてくれました。旅の写真や母のガーデニングの写真を主に撮っていました。
2003年には初めての一眼レフNikon D100を手に入れ、その描写に素人ながら興奮しました。日常をFinderを通して切り取ることを覚えた頃でした。そしてRicho時代に入ります。
2007年コンパクトデジタルカメラ(コンデジ)Richo Caplio GX100を購入するとその軽さと画質に驚き一眼レフを置きコンデジに戻りました。そして、しばらくは一眼レフは持たない生活を楽しみました。今思えば、レンズの個性にまだ気づいていなかったのだと思います。そうこうしているとD300の機能をそのままにコンパクトになった一眼レフD90が発売され購入しました。この頃から一眼レフとコンデジの併用時代が始まります。翌年、GX100の後継としてコンデジの大きさでAPS-Cセンサー、レンジ交換ができるRicho GXRを購入。やっと写真はカメラではなくレンズが重要だ、ということに気づきます。それほど素晴らしいレンズが揃っていました。特にGR LENS A12 50mmが私のカメラ人生を変えました。ただ屋内や暗所の撮影には向かず、悩んでいた時に現れたのがSONYでした。
私の初のミラーレス機がAPS-Cセンサーを載せたSONY NEX-5N。SONYセンサーはとても暗所に強く、動く子どもの撮影に重宝しました。高感度領域でのノイズの少なさ、屋内でかせげるシャッタースピード。この当時では一眼レフに負けない性能だと感じていました。2012年には掌に収まる大きさにその高感度特性を詰め込んだSONY DSC-RX100が発売され、2014年にはRX100M3、2015年にはレンズ交換式フルサイズミラーレス機SONY α7sにたどり着きました。これらのSONYセンサーカメラは現在でもサブカメラのひとつとして手持ち花火の撮影や動画撮影に時々使用しています。
2012年、フルサイズセンサーを載せたカメラに手を出します。Nikon D600です。一緒に24-70, 70-200mm f2.8レンズを購入し、その頃の私は満足しました。どんな画角でも、どんな暗所でも撮れる万能感に満足したのだと思います。満たされない解像感は4600万画素を誇るコンデジSIGMA DP2 Merrillに向かいました。その画質、解像感、latitude は明らかに私の人間のそれを超えていて、世界感が大きく変わりました。自分の眼が変わったことをはっきり覚えています。ただMerrillはノイズが出やすくISO100専用で手持ち撮影には全く向かず、最近は手にしていません。2013年Richoの青空の色が好きだったのでAPS-CセンサーとなったGRを購入。しかし、以前のRichoの青空は全く撮れず、直ぐに諦めました。人気の機種ですが、過去との乖離の大きさに残念な気持ちになりました。過去を超えてこない初めての体験でカメラへの興味を失いかけた時に出会ったのがLeicaでした。
友人が使っているのを見て憧れていた程度でしたが、「一生を共にするレンズ」なのだということを理解した時に戦友としてのカメラメーカーをLeicaに選んだのでした。Leica社は私にとってApple社に並ぶ大事な存在になったのです。とても嬉しい出会いでした。
Leica最後のCCDセンサーカメラとして中古のM9を購入し、現行のsummilux 50mm f1.4が私にとっての最高のパートナーとなりました。このレンズを活かすためのボディを今後、選んでいきます。
サブカメラとして最近購入したのがLeica Q。これはISO1600でもノイズレスなCMOSセンサーライカ。マクロ撮影も可能な単焦点レンズで28mm f1.7。クロップ機能で35mmも十分撮影できます。撮影した写真や動画はWifi経由で直ぐにiPhoneに。
M9・summilux 50mmでは70cmまでしか寄って撮影できません。ISOは400まで。しかし、レンジファインダー特有のマニュアルフォーカスはとても軽快で他には代えがたいものです。だからメイン機はM9。
LeicaQは非常に軽く、レンズ性能も後ボケの違和感を除けば好みです。M9が苦手にするところを全て補ってくれる存在であり今、一番撮影機会の多いカメラになっています。200mm前後のレンズをどうするかは悩みですが、しばらくはM9とQで何気ない日常を切り取っていきたいと思います。
最後にこれまでのカメラ歴を。