日常から見い出す

公式や考え方を伝えることは難しい。問いに対する答えを求めている人は多いけれど。
空腹で困っている人にパンを与えるのではなく、小麦とパンの作り方を教えるべきだと言うのは分かるけど、それは本当に難しい。
私は日常の中に沢山の「公式」を求めてきた。そして、それを利用してきた。問いに対して自ら見いだした「公式」を使い、それを検証してきた。子どもを笑わせる公式もある。
学校教育の中で楽しかった授業は少ないが、物理の授業で公式の成り立ちを学ぶのは好きだった。
答えを伝えることはSNSや講演で可能かもしれないが、変化し続ける世界の中でその時々の公式を見つけ、検証する習慣をもたらすことはとても難しい。

学校教育の中で公式を使いこなすことはとても重要だとは習ったが、変化し続ける世界の中で「新しい公式」を見つける考え方は教わらなかった。

教わらなくとも身につく人もいる。しかし、少数だろう。公式を暗記して答えをミスなく出すことにばかり時間を割く学習から、「日常の中に真理(公式)を見い出す学習」と「自ら問いを立て真理を検証する学習」に大きくシフトすべきだと思う。

  

正しさ

昨夜は兄弟げんかで大泣きする息子に寄り添い眠った。眠くて、イライラして、妹が片付けしないで、自分が片付けさせられていることに怒る息子。何で妹は片付けないのか、と。
片付けが苦手なのは父のせいだろう。怒られるから片付けているだけ。だから、妹は怒られるべきだ、と息子は主張する。明日になっても妹を許さないと荒げる。
辛抱強く片付ける目的を息子と考える。怒られるからじゃない、次に気持ちよく使えるために片付けるんだよ、と。
このままだと「注意する人」である親が居ないところでは片付けなくなってしまうのかもしれないという不安を抱いたから、私はずっと抱きしめながら伝えた。正しさで他者を裁く人生に幸せは訪れないと思うから。
おそらく、ただ眠くてイライラしていただけだろうけど、今晩、息子と一緒に眠ったことはずっと忘れない。
枕に顔をうずめて「明日、仲直りするよ」と言って彼は眠った。
豊かな日常。

  

一緒

自分のコト、自分の提供しているコトやモノをどのように評価しているかに同質性や異質性を感じる。
「モノサシを評価する」
そこには正しいや間違いは無い。幸せとも関係ない。

ただ、そこでやり取りする温度は明らかに異なってしまう。

一緒に走るなら互いに気持ち良いモノサシを持っていたい。

  

無人バス

短距離とはいえ、オランダで無人バスが稼働

地方で車通りが少ない地域を考えると様々な可能性が見えてくる。雪には対応しないだろうけど、平らであることや道幅など前もって意識することはある。リゾート施設ではすぐに重宝される。

こうやって人間の仕事は一気に減っていく。自分の未来の変化を予期せず生きていける人はどれくらいいるのか。60歳以下で影響を受けない人はいないと思う。

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Medium かぁ。哲学を持つ新しいブログ。言葉、テキストのチカラを信じる、何百年先を見据えた Rosetta stone 。素敵なコンセプトだ。このために英語を学び直すのも良いかもしれない。
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