なりたい自分

落合陽一さんのこの記事を読み、とても共感した。

共感からは成長は生まれないけれど、共感したものを他者に紹介することはとても大切だと最近考えるようになったので共有したい。

私が前郷塾で掲げている「なりたい自分」はなるべき自分ではない。瞬間「なりたい」と思った自分を意識し、行動すること。瞬間、瞬間で「なりたい自分」は変わることを受け入れ、一生懸命に向かい、半歩進むことだ。

それが積み重なり、自分らしい人生が形づくられる。

半歩進むリスクを取れるように見守るのが塾長としての私の役割だ。

昨日は海士町の高校生、先輩、後輩と MIRAI HANGOUT で対話をした。それぞれに今にリスクをとって、心地良い緊張感を大切にしてるように思った。

今日は診療と、前郷塾の面談、医師会の仕事。

Work as life.

その通りだね。

以下引用

わらしべ長者のように逐次的に打席に立つ

我々が持っている人間性のうちで、デジタルヒューマンに必要なものは、「今、即時的に必要なものをちゃんとリスクを取ってやれるかどうか」

近代的な人間性は、「自分らしいものを考え込んで見つけて、それを軸に、自分らしくやって生きていこう」という考えであり、デジタルヒューマンは、「今やるべきことをやらないとダメ」だと考えます。

要は、タイムスパンが全然違うのです。

そして、やったことによって、自分らしさが逆に規定されて行く。


東京

週末は横手が大雪の中、東京へ出張。家族、仲間が地元を守ってくれているからこそできること。本当に感謝している。

東京では、MIRAI WAYの活動を共にする仲間や先輩経営者の方々に新たな事業についてアドバイスをいただいた。

地元経営者の視点、東京からの視点。様々な角度から考えることが出来ることは自分の強みだ。

これまでの8年間は自分の成長角度を最大化するための時間だったのだと思う。

それに気づかせてくれたのは、今日、会食をさせていただいた佐々木常夫さんの著書だ。これからはその角度を保ちながら確実に進んでいく。

一生懸命に。


生涯活躍のまち

昨日は大雪で電車が遅れる中、秋田市で開催された「秋田版生涯活躍のまち推進協議会」を傍聴してきた。

石川県の「シェア金沢」の事例を海外協力協会地方創生・地域戦略部長 堀田直揮 氏が発表された。

「ごちゃまぜ」が大きなキーワードになっていた。人はごちゃまぜの中で自ら役割を自分に与え、機能していく。それが生きがいなのだろうと感じた。

その後、遅れる電車に揺られ、横手に戻り、医療法人の新年会。スタッフが用意してくれた沢山のゲームを子ども達と一緒に楽しんだ。

一晩寝て、積もった雪に驚きながら、1時間で除雪。久しぶりに疲れた。

今日は午前、午後と診療し、夜は横手青年会議所の新年会。深夜にはラジオの収録。明日から東京出張。丁寧に進もう。


トークンエコノミー

昨日は朝、除雪もなく、早目に出勤。

新たなオウンドメディアについて考えた。

午前の診療を終えて、塾生の面談。薪ストーブを囲んで近い未来について対話をした。

午後の診療を終えて、家族とゆっくりし、子どもを寝かせつけた私はオウンドメディアとトークンエコノミーについてイメージを膨らませていた。

仮想通貨と呼ばれる新たな単位は世界をどう分けていくのだろう。お金とはクレジット、つまり信用である。信用は何よって可視化されていくのか。地方と都会の間の裂け目は広がるのか狭まるのか。落合陽一さんの記事を読みながら「地方」をイメージする。

悪くない。

夜更かしした、私は朝、なぜか飛び起きた。大雪だ。薪ストーブに火を入れて、雪かきに。せっせと1時間。良い運動だった。

今日は秋田市で CCRC に関する会にオブザーバーとして参加する。夜は細谷内科医院の新年会。

午前中、10:00には代診の先生に交代しますのでよろしくお願いします。


郡医研

昨夜は横手市の群医研でお話させていただきました。横手市内の数十人の医師の方々に向けて「腎臓内科からみた内科診療とまちづくり」についてお話しました。

医者としては、私が診療で気をつけていることや腎臓生理学的に面白い SGLT2阻害薬 のお話、地域医療についてプレゼンしました。

異者としては私が広げようとしている「いつもと違う誰かと話をしよう」という文化 MIRAI WAY や、地域大学構想についてお話しました。

様々なご感想をいただき、強く共感いただいた先生もいらっしゃいました。

お金で解決したり、アイデアで何とかできるものではないのだと思います。

覚悟と勇気を持って楽しく前向きに未来に向かっている人々がここにいる、ということが大切です。

明るく挑戦できる。そんな街にしたい。

今日は午前中診療、午後に前郷塾の塾生面談があります。夕方から予約外来に戻り、夜は家族とゆっくりします。

週末の東京出張に向けて、頭を整理していきます。


新たなブログ準備

一昨日、公衆衛生学や緩和医療のドクターと仙台でお会いしてきました。

今回の出会いは友人の紹介でも、偶然でもなく、ひとつの keynote が生んでくれました。

こういった出会いはとても刺激的で、今後、増やしていきたいと思いました。
ということで、重い腰を上げてブログを再開します。

これまでとは違う、日記のようなスタイルで日々を綴りたいと思います。

今日は午前中は明日の医療系講演会の資料作成、午後は家族と一緒にゆっくりします。1日2投稿以上を目指そうと思います。

それでは、よろしくお願いいたします。


学び

学ぶということをどう考えているだろうか。

誰かに与えられて、平等に同じ知識がつくことだと勘違いしている人が多い気がしている。ならば本を読もう。

「学ぶ」は「真似ぶ」に近いと聞くことがある。これは的を得ていると思う。

「学ぶ」とは能動的なものであり、決して受動的なものではない。

あらゆる機会の中から自分が「真似ぶ」べきことや、参考にすべき事を取捨選択することが大切だ。

そして、自分の基礎と自分ゴトを手にしたら、「編集」へと移り変わっていく。

多様で沢山の「出会い」「本」「体験」「旅」へ自らを曝し、その中から編集して、自分へのメディアとして取り込んでいくのだ。

多くの人は「効率的」に学ぼうとしているように見える。効率的にするために、自らを「プロジェクト化」してしまっている人も多い。

人生はプロジェクトではないと思っている。

答えも目的もないものだ。

なぜなら、未来は誰にも分からず、平等でもない。

人は必ず最期を迎えるということ以外は。

私は「何をもって憶えられたいか」という問いに答えながら日々を過ごしている。私が最期を迎えた時に、どんな男だったと憶えられるのか。

効率的な学びなどない。

自分を多様で沢山の何かに曝し続けることから逃げてはならない。好きなもの、嫌いなもの、何でも受け容れ、取捨選択していく。

ゆっくりでいい。この世界の流れの支流に身を委ねることだ。

それ以外に自分のモノサシを育てる術はない。

自ら、その機会をつくることは難しい。

しかし、半歩進めば、その機会はいくらでもある。

偉い人やメジャーからしか学べない人は、学ぶ能力がまだまだ低いだけだ。人生が自分ゴトになっていない。自分はプロジェクトを達成するための何かだと勘違いしている。

必要なのは勇気だけだ。

その閉塞感はあなた自らがつくりだしている。